数理統計学 2 可測集合と測度
今回は数理統計学の基礎技術である測度論、特に可測集合と測度について説明します。
ただし証明を含む詳細な内容には立ち入らず、大まかなストーリーを示すに留めます。(話の流れを簡潔にするために議論を大幅に省略しています。)詳細は市販されている教科書や参考書、ネット上にある講義ノートなどを適宜ご参照下さい。
議論の構成
測度とは、線分に対する長さや平面図形に対する面積といった概念を、一般の集合でも考えられるように拡張した概念です。一般の集合を扱うのですから、平面図形の面積に対して持っている縦 横という素朴なイメージは通用しません。極端な例ですが数理ファイナンスや一部の数理物理学の問題では経路全体の作る空間(無限次元空間)のような、とても大きな対象に対して測度を考えます。
一般の集合上に測度を導入する為に、先ず平面図形の面積が満たす性質を調べ、それらの性質のうち平面に依存しないものを使って一般の集合に対する可測性や測度の定義を与える、という(数学では良く行われている)戦略を採用します。
平面図形に対する可測性と面積
はじめに、平面内の矩形 に対して面積 を
\begin{equation}\mu (A):=(x_{2}-x_{1})(y_{2}-y_{1}) \label{measure_of_rectangle} \end{equation}
で定義します。(なお記号 は、左辺の記号を右辺の式で定義することを意味します。)次に式 \eqref{measure_of_rectangle} を使って、交わりを持たない2つの矩形 と の和集合 の面積 を、
\begin{equation}\mu (A\cup B):=\mu (A)+\mu (B) \notag \end{equation}
で定義します。一般には を満たす矩形 に対し \begin{equation} \mu \left( \bigcup _{i=1}^{n} A_{i} \right) = \sum _{i=1}^{n} \mu (A_{i}) \label{finite_additivity} \end{equation}
となります。このように大小様々な矩形を組み合わせることで平面内の複雑な図形の面積を定義できることから、平面内のどのような図形に対しても面積が計算できるのではないか?と思われるかもしれませんが、残念ながらそれは出来ません。(気になった方は「非可測集合」*1で調べてみて下さい。)
従って平面図形 がどのような条件を満たすとき面積を測ることが出来るのか(面積が測れることを可測と言います)を明らかにする必要があります。ただしこれについては、矩形の和集合により内側から近似した時の極限値 (これを内測度と言います)と外側から近似した時の極限値 (これを外測度と言います)が一致する場合に は可測である、という直観的に理解しやすい定義が存在します。ここで内測度は外測度を使って書き表すことが出来ることに注意します。つまり を含む任意の矩形を とするとき
\begin{equation} \mu _{*}(A)= \mu ^{*}(I) - \mu ^{*}(I \cap A^{c}) \notag \end{equation}
と書くことが出来ます。よって可測性の条件 は
\begin{equation} \mu ^{*}(A)= \mu ^{*}(I) - \mu ^{*}(I \cap A^{c}) \notag \end{equation}
つまり
\begin{equation} \mu ^{*}(I)= \mu ^{*}(A) + \mu ^{*}(I \cap A^{c}) \notag \end{equation}
と書き換えられます。そこで矩形 を、任意の有界な部分集合 に置き換えると
\begin{equation} \mu ^{*}(E)= \mu ^{*}(E\cap A) + \mu ^{*}(E \cap A^{c}) \label{measurability} \end{equation}
となります。ここで式 \eqref{measurability} には平面に依存する要素が入っていないことに注意して下さい。これが平面という具体的なモデルを離れて、一般の集合における可測性を定義するためのヒントになります。
カラテオドリの外測度
平面図形の面積に関する予備的考察を踏まえ、一般の集合に対し以下の2つの定義を導入します。
定義1(カラテオドリの外測度) を集合とし、 から への写像 が以下の3条件を満たすとき を 上のカラテオドリの外測度という。(以下、単に外測度と呼ぶ。)
- 、
- ならば
- 可算個の集合列 に対し\begin{equation} \mu ^{*}\left( \bigcup _{n=0}^{\infty} A _{n} \right) \le \sum _{n=0}^{\infty} \mu ^{*} (A _{n}) \notag \end{equation}
定義2(外測度による可測性) 集合 上の外測度を とする。 が外測度 に関して可測であるとは、任意の部分集合 に対し
\begin{equation} \mu ^{*}(E)= \mu ^{*}(E\cap A) + \mu ^{*}(E \cap A^{c}) \notag \end{equation}
が成立するときを言う。 に関する可測集合全体を とする。
、 に関して次のことが成り立ちます。
定理1
- ならば
- ならば
- を満たす に対して\begin{equation} \mu ^{*} \left( \bigcup _{n=1}^{\infty} A_{n} \right) = \sum _{n=1}^{\infty} \mu ^{*}(A_{n}) \label{infinite_additivity_outer_measure} \end{equation}
ここでのポイントは、外測度に関して(不等式ではなく)平面図形の面積の時と同様の等号 \eqref{infinite_additivity_outer_measure} が成り立っている*2ことにあります。つまり平面図形における面積の類似物が一般の集合上で作れたことになります。
定義3(外測度による測度) 集合 上の外測度を とする。 に対し と定義するとき、 を外測度 から定まる測度という。
一般の集合に対する可測性と測度
外測度を利用することで一般の集合に対する可測性ならびに測度を定義することが出来ました。そこで今度は、外測度による可測性・測度を1例として含むような、一般的な可測性・測度の定義について考えます。
まず一般の可測性・測度の定義には外測度に依存した要素を含んではいけません。また可測性の概念は、測度の定義より前に定義しておかなければなりません。
これらを踏まえ一般の集合における可測性および測度の定義を与えます。
定義4(-加法族) 集合 の部分集合族 で以下の3条件を満たすとき、 を -加法族(または完全加法族、可算加法族)と言う。
- ならば、
- に対し
また の元を可測集合と呼ぶ。
定義5(測度) を集合 上の -加法族とする。 から への写像 で以下の条件を満たすものを測度という。
- 、
- を満たす に対して\begin{equation} \mu \left( \bigcup _{n=1}^{\infty} A_{n} \right) = \sum _{n=1}^{\infty} \mu (A_{n}) \notag \end{equation}
定義6(可測空間・測度空間) 集合 と 上の -加法族 の組 を可測空間という。また可測空間 とその上の測度 の組 を測度空間という。
測度空間の内、本連載では以下のものを扱っていきます。
定義7(確率空間) 測度空間 において であるとき、 を標本空間、 を確率測度、測度空間 を確率空間と呼ぶ。
今回は一般の集合における可測性および測度の定義を駆け足で見てきました。
次回は可測関数およびその積分について説明したいと思います。
*1:非可測集合の構成には選択公理を使いますが、選択公理を認めない数学体系の中では の任意の部分集合が可測に成り得ることが1970年にソロベイによって示されています。しかし、選択公理は解析学において重要な役割を果たしている為、多くの数学者は選択公理を放棄することは無いと思われます。
*2:平面図形の面積に関する議論で登場した式 \eqref{finite_additivity} は有限和である一方、\eqref{infinite_additivity_outer_measure} は無限和となっています。この違いは数学的にはとても大きな違いなのですが、ここで注目して欲しいポイントではないので注意を述べるに留めておきます。