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数理統計学 3 可測関数と積分

今回は可測関数と積分について説明します。確率論や統計学の文脈では、可測関数は確率変数、積分は期待値と呼ばれています。

可測関数

可測関数とは積分演算の対象となるような関数のことです。可測関数の定義を述べる前に、予備的考察として平面 \mathbf{R}^{2} 上の積分*1 \begin{equation} \int _{\mathbf{R}^{2}} 1 _{A} (x) dx \notag \end{equation} を考えます。A\mathbf{R}^{2} の部分集合、1_{A}A 上で1、A^{c} 上で0となる関数です。このような関数を定義関数と言います。当然ですが積分値は A の面積になるはずです。このことから関数 1 _{A} に対する積分が正しく定義される為には、A が可測集合(前回参照)でなければならないことが分かります。

 次に被積分関数が定義関数の線形和\begin{equation} \varphi (x):=\sum _{i=1}^{n} \alpha _{i}1 _{A_{i}} (x) \label{simple_function} \end{equation}(ただし \alpha _{i}\in \mathbf{R}A_{i}\cap A_{j} = \phi \ (i\neq j) を満たす。)の場合を考えます。式 \eqref{simple_function} の形で定義される関数を単関数と呼びます。単関数 \varphi に対する積分

\begin{equation} \int _{\mathbf{R}^2} \varphi (x) dx = \sum _{i=1}^{n} \alpha _{i} \int _{\mathbf{R}^2} 1 _{A_{i}} (x) dx \notag \end{equation}

が定義できるためには、先の定義関数の場合から、全ての A_{i} が可測でなければならないことは容易に分かります。これと各 A_{i}\varphi ^{-1}(\{ \alpha _{i}\})*2 に等しいことに注意すると、単関数に対する積分を定義するためには、全ての \varphi ^{-1}(\{ \alpha _{i}\}) が可測であることが要求されます。

以上の予備的考察を踏まえ可測写像および可測関数を定義します。

定義1(可測写像・可測関数) (X_1,\mathcal{M}_{1})(X_2,\mathcal{M}_{2}) を可測空間、f:X_1\to X_2写像とする。任意の A\in \mathcal{M}_{2} に対し f^{-1}(A) \in \mathcal{M}_{1} を満たすとき、f\mathcal{M}_1/\mathcal{M}_2-可測写像という。特に可測空間 (X_2,\mathcal{M}_2)\mathbf{R} 上のボレル集合族*3 の時、f\mathcal{M}_1-可測関数、または(\mathcal{M}_1 が文脈上、明らかな場合は)単に可測関数という。

 

可測関数の積分

先に行った予備的考察において、平面上の定義関数 1 _{A}積分A の面積になっていることを見ました。このことから一般の集合上における定義関数の積分は、平面における面積の類似物、つまり測度(前回参照)で与えれば良いことが示唆されます。そこで定義関数だけでなく、もう少し一般的に単関数に対して積分を定義します。

定義2(単関数の積分 (X,\mathcal{M}, \mu) を測度空間とし、関数 \varphi を式\eqref{simple_function}で定義される X 上の単関数で \varphi \ge 0 とする。このとき測度 \mu による \varphi積分を次式で定義する。

\begin{equation} \int_{X} \varphi (x) \mu (dx) := \sum _{i=1}^{n} \alpha _{i} \mu (A_{i}) \label{integral_of_simple_function} \end{equation}

 

次に非負の可測関数に対する積分ですが、単関数の積分を使って定義します。まず可測関数について次の命題が成り立ちます。

命題1 (X,\mathcal{M}) を可測空間、f:X\to [0,\infty] を可測関数とする。このとき単関数の単調増加列 f_n で、各 x\in X において f_n(x)f(x) に収束するものが存在する。

証明 関数 f_n

\begin{equation}f_n(x) = \displaystyle \left\{ \begin{array}{cl} \cfrac{k - 1}{2^n}, & x \in f^{-1} \left( \left[ \cfrac{k - 1}{2^n}, \cfrac{k}{2^n} \right) \right),\ k=1,2,\ldots ,2^{n}n \\ n, & x \in f^{-1} ([n, \infty)) \end{array} \right. \label{definition_f_n} \end{equation}

で定義する。ここで \displaystyle x\in f^{-1}\left( \left[ \frac{k - 1}{2^n}, \frac{k}{2^n} \right) \right) に対して \begin{equation} x \in f^{-1}\left( \left[ \frac{k - 1}{2^n}, \frac{2k - 1}{2^{n+1}} \right) \right) \label{existence_f_n_case1} \end{equation} まはた \begin{equation} x \in f^{-1}\left( \left[\frac{2k - 1}{2^{n+1}},\frac{k}{2^n} \right) \right) \label{existence_f_n_case2} \end{equation} の何れかが成り立つ。式 \eqref{existence_f_n_case1} の場合、\begin{equation} f_{n+1}(x) = \frac{2k - 2}{2^{n+1}} = \frac{k - 1}{2^{n}} = f_n(x)\notag \end{equation}であり、 \eqref{existence_f_n_case2} の場合、\begin{equation} f_{n+1}(x)=\frac{2k - 1}{2^{n+1}} \gt \frac{2k - 2}{2^{n+1}} = \frac{k - 1}{2^n} = f_n(x) \notag \end{equation}が成り立つ。よって f_n(x)n に関して単調増加である。また式 \eqref{definition_f_n} と f の可測性より\begin{equation} f_{n}^{-1} \left(\left\{ \frac{k - 1}{2^n} \right\} \right) = f^{-1} \left(\left[ \frac{k - 1}{2^n}, \frac{k}{2^n} \right) \right)\in \mathcal{M} \notag \end{equation}つまり f_n は可測である。

収束性を示す。まず f(x)=\infty である x \in X に対しては  f_n(x) = n であるから f_n(x)\to \infty (n\to \infty) となる。 次に f(x) \lt \infty である x\in X に対して示す。式 \eqref{definition_f_n} より |f_n(x) - f(x)|\le 2^{-n} が成り立つ。よって任意の \varepsilon \gt 0 に対し 2^{-N} \le \varepsilon を満たす N\in \mathbf{N} を取れば、N より大きな任意の n に対して |f_n(x)-f(x)| \lt \varepsilon、つまり f_nf に各 x\in X で収束する。\square

 以上より

定義3(非負可測関数の積分 (X,\mathcal{M},\mu) を測度空間、f:X\to [0,\infty] を\mathcal{M}-可測関数、\{ f_n\} _{n\in \mathbf{N}} を命題1の性質を満たす可測関数列とする。このとき f積分を以下で定義*4する:\begin{equation} \int _{X} f(x) \mu(dx) := \lim _{n\to \infty} \int _{X} f_n(x) \mu (dx) \notag \end{equation}

注意 高校や大学初年次に習う積分(リーマン積分と言います)はグラフを縦に分割して積分を計算するのに対して、測度論に基づく積分ルベーグ積分)は横に分割して積分を計算する、というように両者を対比して標語的に語られる事が良くありますが、命題1の証明で作られる関数 f_n を実際に図示するとその様子を観察することができるため、例外的に詳細な証明を付しました。

 

非負可測関数に対する積分が定義出来たので、いよいよ一般の可測関数に対する積分の定義を与えます。

定義4(可測関数の積分 (X,\mathcal{M}, \mu) を測度空間とし、f:X\to [- \infty,\infty] を \mathcal{M}-可測関数とする。このとき f積分を以下で定義する。 \begin{equation} \int _{X} f(x)\mu (dx):= \int _{X} f^{+}(x)\mu (dx) - \int _{X} f^{-}(x)\mu (dx). \notag \end{equation}ただし f^{+}f^{-}は以下で定義される非負可測関数である。 \begin{equation}f^{+}(x):=\max \{f(x), 0\},\ f^{-}(x):=\max \{-f(x), 0\}\notag \end{equation}

 

以上により可測関数に対する積分を定義することが出来ました。

次回は、測度空間・可測関数・可測写像と確率論の関係について補足的な説明をします。

*1:ここでは直観的に高校数学や大学の初年次で習うものをイメージしてもらえれば結構です。

*2:集合 \varphi ^{-1}(A)A\varphi による逆像と言い、\varphi ^{-1}(A):=\{ x | \varphi(x) \in A \} で定義されます。

*3:開集合族を含む最小の \sigma-加法族をボレル集合族と呼びます。ここでは  \mathbf{R} 内の開区間全てを含む最小の \sigma-加法族のことを言います。

*4:定義がwell-definedであるためには、積分の値が単関数列 \{f_n\}_{n\in \mathbf{N}} の取り方に依存しないことを示す必要がありますが割愛します。