数学、ときどき統計、ところによりIT

理論と実践の狭間で漂流する数学趣味人の記録

数理統計学 1 イントロダクション

今回からしばらくは数理統計学について書いていこうと思っています。

現在、ネットや書店で入手できる統計学の文献にはいくつかのパターンが見られます。具体的には、

  1. 図などの視覚的表現を使って直観的・感覚的に説明しているもの、
  2. パターン1において、直観的な説明をしていた箇所を、古典的確率論および大学初年次レベルの線形代数微分積分の知識を使って書き直したもの
  3. 公理論的確率論に言及しながらも肝心の統計学に関する記述はパターン2に落ち着いてしまうもの、
  4. 公理論的確率論をベースに出来る限り曖昧さを排除して記述しているもの、
  5. 統計学を名乗りながら統計学には一切触れず確率論に終始するもの、
  6. 実験やアンケートから得られたデータの処理方法や処理結果の解釈に関する解説書

といったパターンが見られます。

この連載はパターン4に該当します。この連載を読んで頂くに当たり、積分や期待値といった言葉や集合の概念には慣れていることを前提とします。ルベーグ積分については事前に詳細を把握しておく必要はありませんが、知っていると楽しく読めると思います。

参考文献を、統計学に関する私の学習遍歴と絡めて紹介したいと思います。

【参考文献】

  1. 稲垣宣生:数理統計学 改訂版.裳華房,2003. 
  2. 宿久洋・村上亨・原恭彦:確率と統計の基礎1 増補版.ミネルヴァ書房,2011.
  3. 宿久洋・村上亨・原恭彦:確率と統計の基礎2.ミネルヴァ書房,2009.
  4. Richard Dudley:Lecture Notes of MIT OpenCourseWare, 18.466 Mathematical Statistics, Spring 2003.
  5. 吉田朋広:数理統計学.朝倉書店,2006.
  6. 鍋谷清治:数理統計学共立出版,1978.

 統計学との出会いは10年近く前になります。仕事の関係で統計的検定を使う機会があった時、本格的に統計学を学んでみようと思い、参考書を探すため書店に足を運びました。書店の棚に並んでいた書籍の大半がパターン1に該当するものだったのですが、パッと見、それらよりも幾分数学的に書いてあり読み易そうに思えた一冊がありました。それが文献1です。(パターン2と3の中間くらいになります。)早速購入して読んでみたのですが、初めの印象とは異なり、定義が曖昧で、書かれている命題の正しさを検証出来ないことが頻繁に発生したため、暫くして読むのを止めてしまいました。それでも検定や推定、回帰といった統計的手法が、統計的決定論の枠組みで統一的に理解できるという知見を学習の初期の段階で得られたのは収穫でした。

次に統計学に出会ったのは今から2年前になります。仕事の関係で統計学に触れる機会があった為、リベンジのつもりでもう一度統計学に取り組もうと思い、購入したのが文献2および3です。購入の決め手は、そのとき書店の棚に並んでいた他の書籍と比べ数学的に見えたこと、命題の殆どに証明が付いているか、または文献の引用という形で根拠が示されていたことでした。しかし厳密に見えたのは1変数の場合の確率論までで(つまりパターン3です)数学的な厳密さという点では期待外れなものとなりました。しかし統計学に関わる基本事項はほぼ網羅されており(惜しむらくは情報量基準が無いことでしょうか)、統計学を専門にしたい学生が読む1冊目の書籍としては十分な内容を持っています。現在は辞書として活用しています。

 さて、文献2、3で挫折した後も諦めきれず「きっと海外なら求める資料があるかもしれない!」と必死に検索をして見つけた資料が文献4です。測度論をベースにした記述になっており、それまで見てきた文献の中で求めるものに最も近い記述になっていていました。もし自分が学生であればガッツリとそれに取り組むところですが、社会人でそうした時間が取れない中、さっと読める日本語の書籍がどうしても欲しくて苦労の末に探し当てたのが文献5です。ダメ元で地元の図書館で検索すると奇跡にも所蔵していることが分かり、早速借りて見てみると、測度論をベースとした記述になっていて、まさに探している本でした。ただ文献4と比べると定義などが若干ごちゃついている印象があったので、文献5を読みながら適宜文献4を参考にするというスタイルで読み進めることにしました。

そして数週間前、文献5を読んでいると、ある命題についてその証明が一部省略されていて、代わりに文献6が引用されていました。文献4もその辺りの記述は曖昧だったため、図書館間相互貸借の制度を使って県外の図書館から文献6を借りることにしました。

1週間後、手元に届いた本の内容を見て大きな衝撃を受けました。文献5以上に測度論をベースとした記述が徹底されており、知りたいと思っていた事柄についてもしっかりと書かれていました。感動と同時に、初めからこの本に出会っていれば…という無念な思いが溢れてきました。

この数週間の出来事が、ブログで数理統計学を取り上げようと思った理由です。統計学を勉強する人の中で数理統計学までやろうという人は少ないかもしれないですが、そういった人の役に立つような記事になればと思ってます。